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東京地方裁判所 平成11年(ワ)15189号 判決

東京都千代田区外神田3丁目16番18号

原告

フリージアコンピュータ株式会社

代表者代表取締役

奥山治郎

訴訟代理人弁護士

中野憲一

古田啓昌

古賀貴泰

圓山卓

《住所省略》

被告

藤村敏夫

訴訟代理人弁護士

中村直人

鳥飼重和

多田郁夫

森山満

遠藤幸子

村瀬孝子

今坂雅彦

橋本浩史

吉田良夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求及び事案の概要

一  請求の趣旨

1  被告は,技研興業株式会社を代表して,東京地方裁判所平成11年ワ第13535号損害賠償請求事件の訴えを取り下げよ。

2  被告は,技研興業株式会社監査役谷崎泰司,同浅井清三,同中村健一,同川瀬元が技研興業株式会社の取締役会に出席するのを妨害してはならない。

二  事案の概要

原告の請求は,商法第272条に基づき,技研興業株式会社の株主である原告が,その取締役である被告に対し,その行為を止めるように求めるものである。

第二請求の原因として原告が主張する事実

原告は技研興業株式会社の株式を6か月前から引き続き保有している株主である。技研興業は,資本金11億2000万円の6脚ブロック,その他コンクリート二次製品の製造販売及び工事施工等を営業目的とする会社であり,被告は,その代表取締役社長である。

被告は,技研興業の代表取締役社長として業務提携先である東京電子株式会社に対する債権を適切に管理する義務があったにもかかわらず,これを怠り,このため技研興業は,3億3292万円の損失を被った。そこで,技研興業の監査役谷崎泰司,浅井清三,中村健一,川瀬元は,技研興業を代表して被告と技研興業の取締役である中村二郎の責任を追及する取締役に対する損害賠償請求事件(東京地方裁判所平成11年ワ第12585号)の訴えを平成11年6月8日に提起した。

これに対し,被告は,平成11年6月17日,監査役の訴えの提起は不法行為であるとして,技研興業を代表して,監査役のうち,浅井清三,中村健一,川瀬元及び佐々木ベジに対して,会社が2億5000万円の損害を被ったとして損害賠償請求事件(東京地方裁判所平成11年ワ第13535号)の訴えを提起した。その内容は,監査役全員の一致で訴えを提起したこと,谷崎泰司,浅井清三が技研興業の出身者であることを無視して,右訴え提起は,原告が一員であるフリージアグループの利益のためになされたとして,ことさらに監査役,フリージアグループ,佐々木ベジの立場を歪曲し,その名誉を毀損するものである。被告は会社が監査役を訴えるという重大な業務執行であるにもかかわらず,監査役に対する右訴え提起にあたって取締役会の承認を求めなかったし,また取締役会に対する報告も行っておらず,右訴え提起は,被告が権限なくして行った違法なものである。さらに,被告が提起した訴状の中身は,監査役が被告に対して提起した訴えに対する答弁が中心となっており,商法が定める監査役が会社を代表して行う取締役に対する損害賠償請求に対する答弁を会社の費用及び会社の名前で行うもので,会社が提起することができない訴えである。

監査役は,商法で定められた業務執行の一環として,被告に対する責任を追及する訴えを提起したのであって,これが何らの違法行為を構成するものではない。しかるに,被告による監査役に対する損害賠償請求が起こされたことにより,監査役によるさらなる監査役としての業務執行が困難となっている。

技研興業は,平成11年6月29日の株主総会において監査役5名の選任を求める議案を提出し,その理由として監査業務の強化のためと招集通知に記載した。しかしながら,既に監査役4名がいることは招集通知には記載がなく,株主にとっては監査役が合計9名という異常な多さになるということを知ることが困難なものであった。その定時株主総会において株主の過半数の賛成により監査役5名が選任された。総会後に開かれた監査役会において,従来常勤監査役であった谷崎泰司,浅井清三は,いずれも常勤の任を解かれた。さらに被告は,監査役が9名となり,部屋が手狭なので,監査役の取締役会への出席は持ち回りで1人だけが出席すればよく,残りの監査役は出席したければしてもよいが,出席する必要はないと監査役に伝え,監査役が取締役会に出席しにくくなるように牽制した。

被告による以上の行為は,監査役が業務を執行することを妨害し,訴えを起こされた監査役のみでなく,他の監査役が監査機能を果たし,被告に対する批判を行うことを困難ならしめる不法行為である。このような行為が許されるのであれば,監査役が商法に定められた監査役の職務を果たすことが著しく困難となる。

よって,原告は,被告による監査役に対する訴えの取下げ,及び監査行為の妨害の差止めを求める。

第三被告の主張

一  訴えの取下げを求める請求について

原告が請求の趣旨の第一項で被告に求めている「訴えを取り下げる」という行為は,取締役に対して訴えの取下げという行為をすることを求めるものであり,商法272条によって株主が請求することができる「行為ヲ止ムベキコト」には当たらない。

また,請求の趣旨の第一項で原告が取下げを求めている訴えの提起は違法ではないから,商法272条によって「行為ヲ止ムベキコト」を株主が請求することができる「会社ノ目的ノ範囲内ニ在ラザル行為其ノ他法令又ハ定款ニ違反スル行為」には当たらないし,訴えの提起により「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞アル場合」にも当たらない。

二  監査役の取締役会への出席を妨害しないよう求める請求について

監査役谷崎泰司,浅井清三,中村健一,川瀬元が技研興業株式会社の取締役会に出席することを被告が妨害した事実はないから,商法272条にいう「取締役ガ会社ノ目的ノ範囲内ニ在ラザル行為其ノ他法令又ハ定款ニ違反スル行為ヲ為シ」た事実はない。

第四裁判所の判断

一  訴えの取下げを求める請求について

訴えの取下げを求める請求は作為の給付を求める請求であるが,訴訟が係属した場合には,当事者が口頭弁論をするなどの当事者としての訴訟手続が民事訴訟法上予定されているから,このような訴訟手続を当事者として行うことを「取締役の行為」としてとらえることもできる。一方で,民事訴訟の訴えを取り下げる行為は,民事訴訟法第261条に従って裁判所に対する意思表示をすればそれだけで完結し,その結果として民事訴訟法262条により訴訟が初めから係属していなかったものとみなされる効力が生ずる。このような訴訟手続の性質を前提とすると,商法第272条の規定の解釈としては,訴えの取下げをすることも「行為を止めるべきこと」に含めて解することができる。

しかし,証拠(乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,原告が取下げを求める訴えは,技研興業株式会社の取締役会規則及び稟議規定に従って,被告が代表取締役社長としての権限に基づいて決裁し提起したものであって,その訴え提起に関する会社内部の手続において,法令又は定款に違反する事実があったとは認められない。

また,取締役が訴えを提起して訴訟手続を行うことを差し止める請求をすることができる場合に当たるというためには,その差止めにより,会社が権利を訴訟により実現する途をあらかじめふさいでしまうことを考慮すると,取締役が提起した訴えに理由がないことが明らかなために,その訴えの提起及び訴訟手続の続行が不法行為に当たることが明白であって,しかも取締役に対する事後的な損害賠償の請求によっては回復することができない損害が会社に発生するおそれがあるというような,特別な事情がある場合に限られると解すべきであるが,本件においては,被告が取締役として提起した訴えについて,このような特別な事情があるとまでは認められない。

二  監査役の取締役会への出席を妨害しないよう求める請求について

原告が被告の行為として主張する事実のうち,株主総会における監査役の選任及び監査役会の決定は,被告の取締役としての行為には当たらない。また,平成11年6月29日の監査役会において,「監査役が今後の取締役会に出席する人数について,常勤監査役と非常勤監査役1名が原則として出席し,他の監査役で希望する者は会日の3日前までに野呂常勤監査役まで申し出ることが多数決で決議された。」という事実は証拠(甲6)により認められるが,これが仮に被告の行為であったとしても,事前の申出をしさえすれば監査役は取締役会に出席することができるから,被告が取締役会への監査役の出席を妨害した事実とまでは評価することができない。

第五結論

以上によれば,商法272条に規定するような,被告が取締役として,「会社ノ目的ノ範囲内ニ在ラザル行為其ノ他法令又ハ定款ニ違反スル行為」をし,「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ズル虞アル場合」に当たる事実が認められないから,原告の請求はいずれも理由がない。

よって,原告の請求を棄却し,主文のとおり判決する。

(裁判官 小林久起)

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